言葉も時代によって変化し、表現方法も変わっていきます。昔使っていた言葉が今はもう使われなくなったり、意味が通じなくなってきたり・・・。そんな絶滅に瀕している言葉や場所、素材を今一度反芻し、その言葉に関する思い出とともに守っていきたいのがこの会なのであります。
これらの言葉をそれぞれどんな時に使ったのかなと思い出して、また使ってみるのもいいかもしれません。

【いきり】

絶滅危険度 星2つ
使い方/「アイツえらいいきっとんな」
    「ものすごういきってはるわ」
    「ああ見えて、えらいいきりやねん」

気取っているという意味だけど、今思えばもっと子どもっぽい振る舞いのことを指してたように思う。普段はつけていなかったフレグランスの匂いをそいつから漂ってきたり、髪の毛セットしてたり、そういうことに対して「あいつイキってるなぁ」とか揶揄していた。それはきっと羨望や嫉妬の延長線上にあった言葉なのだろう。それが大人が使ったりすると一転、小馬鹿にした意味合いになる。競馬で当たったから今日は奢ったるとか、普段着ないような服を着て登場したり、タクシーに乗って帰ったりと普段とは違う行動に「あいつアホやで」を含む「いきり」が当てはまる。「いきり」も世代によって変化しているのだ。

【おかいさん】

絶滅危険度 星4つ
使い方/「今日寒いからおかいさんにしといたで」
    「風邪引いてるんやからおかいさんにしとき」

お米を水からじっくりコトコトと炊いた粥のことを、関西では親しみ込めてこう呼んでんでいる。粥でもおかゆでもなく、おかいさん。関西では日常の身近にあるものに対して、昔から擬人化したように言う風習がある。神さん、おくどさん、お豆さん、お揚げさんなどなど。身近だからこその敬う呼び名。これは関西弁として守っていきたい呼び名だと思う。
で、おかいさん。ふつうはシンプルに米を炊いた白粥がポピュラーだけれど奈良や大阪の南部ではおかいさんといえば茶粥だったりする。番茶を袋状に縫った布巾の中につめ、水から煮出し、そこへお米を投入し炊いたもの。番茶の茶色が米に染み込み決して色は良くないけれど番茶の香ばしい匂いと味がする。夏場は水を多くし、米を少なくしてサラサラ、シャバシャバに炊いて冷蔵庫で冷やしてお茶がわりにしたり、冬場は米を多くしてもったりと炊き、熱々を食べて体を温めるということを祖母がやっていた。今でも時折り茶粥を作ってはみるものの、祖母のそれにはまだまだ敵わない。